幼いころとっても食いしん坊だった息子は、私が買い物に出かけようとすると必ずといっていいほど喜んでついて来て、買い物カゴに収まっていく食材を眺めては興味津々の様子だった。
そんなある日のこと、半額シールの貼られたお肉のパックを見つけると「ママ~、このシールってなあに?」と質問してきた。とっさのことに思わず「これはね、お・い・し・い・っていうシールなのよ!」なんて答えてしまった。それからというもの「ママ~、きょうもぼくがおいしいシールを見付けてあげるね」とすっかりその気になってしまった息子に、今更本当のことが言えなくなってしまった。『どうしよう、うそを教えたなんて、母親失格~』と落ち込んでいると、「価値あるうちに半額になった商品なら、消費者にとっては本当においしいものだよ」と夫があっさり肯定してくれた。それ以来、我が家では「おいしいシール」と呼ぶようになった。
時は流れ、今ではすっかり大きくなった息子が、久しぶりに帰省してきた日のこと。買い物に出掛けようとする私に「母さ~ん、僕も荷物持ちに行こうか~?」と言ってついてきてくれた。一緒にお店の中を歩いていると、「おお~、懐かしのおいしいシール!自炊するようになったら、なんで母さんがこのシールのことをおいしいシールって名付けたのか分かったような気がするよ。僕も、買い物に行ったらやっぱり選んじゃうんだよなあ~、このシール!」と苦笑した。
買い物からの帰り道、荷物を一手に引き受けてたくましく歩く彼の後ろ姿を見て、小さかったあの頃の記憶が走馬灯のように駆け巡った。
長かった夏休みも終わり、息子が帰った後の部屋はすっきりと片付けられ、勉強机の上には小さくたたまれた手紙がちょこんと置かれていた。
「父さん、母さん、夏休み中はたいへんお世話になりました。ありがとうございました」と、丁寧な字でしたためられていた。
心までしっかりと育ってくれていることを、感謝せずにはいられない日となった。